〈 対談 〉
   武蔵屋総本店 一木武志 × 鮹松月 松尾和明
 2016.2.10(水)
 一木さんは松尾さんにどうしても聞きたいことが
 ありました。松尾さんの修業先は、有名和菓子店として
 和菓子職人ならば誰しも知っている京都の銘店「末富」。
 どのようにして末富で修行する事ができたのか、
 どのような修行をしてきたのか、
 自分が東京で修行してきたこととどう違っているのか!
 和菓子への展望も含めての対談です。
一木
京都の「末富」は、あこがれの銘店です。松尾さんが
どのように修行されて戻ってこられたのか、とても
うらやましく思います。そのお話を伺いたいと
お邪魔させていただきました。
よろしくお願いします。
(対談の途中まで、松尾さんのお父さまも参加されています)
遠方から(一木さんに)来ていただいて
ありがとうございます。福岡の職人は高齢化して
いてなかなか和(和明)と同じ年代はおらんとですよ。
松尾
福岡で各店舗から職人さんが集まるときに
父の代理で行く事があるんですけど、はい。
松尾父
だから、一木さんとこんな風に出会えたことが
とてもありがたいと思っとります。
これからもよろしくお願いします。
一木
いえいえ、こちらこそ本当にうれしく思っています。
百千鳥さんに声をかけていただいて松尾さんともお
会いすることができたのはとてもありがたく思って
います。それに「末富」さんで修行ができた方とお
会いする機会はありません!
松尾父
末富さんに修行をお願いするにあたっては
面接がありました。両親そろっての面接でした。

条件がいくつかあり、それをすべて受け入れて修行
させてもらえるとのことで。
お店から自転車などは乗ってはいけない、
徒歩圏内に住むこと、寮はないこと、
仕事着はジーンズ等カジュアルはだめ、
ビニール傘もだめ、彼女も作ってはいけないなど。
やはりお店の看板をしょっているというところから
でしょうか。

そうなると限られた場所にしか家を借りられないの
ですが、京都は物価が高い。
それに末富の社員としていくのではなく丁稚で行き
ますから、給料は限られるのでだいたいすべて家賃
で飛んで行きます。

ですから、私たち(親)は大学に行かせるつもりで
送り出しました。大変だったと思います。
 
松尾
朝は7時からですが、6時30分にはもうお店につ
いていました。
修行は最初から5年間のみと期限が決められていま
した。社員さんは、大阪が近いこともあってか辻調
理師専門学校出の方が多くいらっしゃいました。
一緒に同期で入ったのは5人。
でも自分が修行を終える頃には自分一人だけでした。

二年目までお店の手伝いです。和菓子を作るという
ことは全くさせてもらえませんでした。
電話をとったり、繁忙期は箱作りをしたり、上生菓
子を東京、大阪、福岡に新幹線で配達したりしてい
ました。

東京は特に店舗が多いので日本橋から何店舗か周り、
時には横浜の店舗にまで配達に行くともう一日が終
わってしまいました。新幹線のなかで息抜きもでき
ましたけど…(笑)

特に東京で末富のフェアがあったときは注文に追わ
れて夜中の0時までその発注作業などをしていまし
た。店舗の二階が社長の自宅ですが、気づいた社長
が降りてきてもう帰りなさいと言うんです。

でも、帰っちゃったら次の日の仕事が回らないので
帰れないなぁと(苦笑)

京都では家元に茶会で和菓子の配達に行くことも
ありました。薮内流の今の家元が当時宗匠だった
ときにお茶を点ててくださったんですが、そのとき
に一言「そのお茶碗は買おうと思ったら○○○万円
くらいするよ」といわれて、「飲めない・・・!!」
と思ったこともありました。

その縁で福岡で薮内流が初釜をするときは
自分が福岡出身だったので地理がわかるということ
で配達をしてました。
一木
二年目までいっさい触らせてくれなかったんですね。
驚きです。自分が所属していたところでは仕事が
終わってから、残っている者には職人さんがついて
教えてくれてました。
松尾
社員さんたちは(午後)4時か5時頃にはもうお店を
閉めて帰るのですが、お客さんから注文電話などが
入ってきます。その対応は自分たちがしていました。
その間はずっとお店ですから(和菓子を作る時間と場
所ではないので)ひたすら箱折をしていたり、ケース
を磨いたりです。
一木
職人さんが教えてくれるということは
なかったんですね。
松尾
やっと餡場などにいれてもらえるようになってから
教えてもらえるようになりました。
餡場は見習いのものが作るようになっていました。
ほかの餅生地などの部門には部門ごとに責任者が
いました。
一木
残って教えてもらえる時間等はあるのですか?
それに餡は責任者の人がいない?
ということは味にぶれがでてきませんか?!
松尾
職人のみなさんは残ることはないので、時間内で
作っているその場で指導してくださいました。
しっかり見とけよ、覚えておけよ、という感じです。

その場で見て学んでの繰り返しです。
餡はいちおう上の人の確認が入って、あんまり味が
違うということになれば叱られました・・・。

それからは少しずつ各部門で学んでいきましたが、
芋の剥きなど、剥き方で味がかわってしまうので
簡単にはさせてもらえないものでしたけど、
そういう下ごしらえが主な仕事で、本当に最後の
仕上げの部分はほとんどさせてもらえません。

ただ自分がもう5年経って丁稚を終える頃には、
うれしいことに「お前の腕はおしい」と
福岡に帰ることを惜しんでくれる職人さんがいて、
いまでも懇意にさせてもらってます。
  
※「たくさん話ししてください」と途中でお父さんは
お店にもどられました。
一木
末富の社長がプロフェッショナル(NHKの番組)に
出ていて、この社長は心底和菓子が好きな方だと
思いましたが、どうですか?
松尾
はい、そう思います。
お店の入り口すぐにショーケースがあるんですが、
社長がそこに和菓子をよくディスプレイしています。
やっぱり菓子器などにもとても詳しい方なので、
そのショーケースを見に来られる方も
たくさんいらっしゃいました。
 
一木
とても興味深い話です!
そういえば先ほどお店のカウンターで
和菓子のデザインをされていましたが、
ついつい見てしまいました(笑)あれは?
松尾
お客様から和菓子のウエディングケーキの
注文を頂いたのでそのデザインをしていました。
一木
いつもあそこでデザインを考えているのですか?
松尾
いえ、特にこだわりは。
一木
なにかひらめきがあったり?
松尾
いえ、ひらめきとかがあるとか全然考えてなくて。
ほんとになんとなく、ただあそこにいます。
考えたことなかったです。
一木
周囲にはアピールできて良いですね!
松尾
い、いえ、アピール・・・
  
※終止ひかえめな松尾さんです。笑笑
一木さんのいろいろ知りたい~!!
の気持ちもずっと出ていて良い雰囲気です。
松尾
ケーキはまんじゅう型で、入刀の代わりに「寿」の
焼き印をしたいとのことだったんですけど、
焼き印はちょっと・・・(危ない?の意味と思います)
で、朱で印を押してもらう事になって。
一木
そうですね、焼き印は難しいかも。
でも、文字をぶれないように押すのもがんばって
もらわないとですね。
松尾
そうなんです。それでお店まで来てもらって、
花婿さんに実際押し型を持ってもらって
押し方を教えたりしました。
一木
うんうん、押したときにぶれないようにしないと
ですよね。
ほかにも結婚式で使うような
上生菓子があるんですか?
松尾
冷凍庫に試作したのがあるので見ますか?
鶴はいいんですけど、亀が可愛くなりすぎて・・・
(冷凍庫から出してもらう)
一木
和菓子を見て松尾さんがとても優しい方だ
というのがわかりますね。
書いてある字を見てもわかりますよね。
百千鳥
一木さん、姓名判断ならぬ和菓子判断ができそうですね・・・
松尾
それはしないでください~緊張します。
 
一木
最後にこれはお聞きしておきたいと
思うことがあって。
これからの和菓子への展望などを聞かせてください。

自分は百千鳥さんが今回呼びかけてくれた
想いと同じで、和菓子を通して命のありがたみや
日本の四季を伝えていきたいということと、
和菓子職人を増やしていくことに貢献していきたいと
思っています。
そして、これからは異業種、同業者とコラボして
和菓子の発展と世界に向けても発信していきたい
と思っているんです。
松尾
自分はまだそこまでは・・・。

それこそ今日、春吉小学校の総合学習の時間で
講師として招かれましたけど、子どもたちに質問で
和菓子と洋菓子どちらをよく知っているか、
食べるかと聞いてみました。
思った通りでしたけど洋菓子が多くて、
若い子たちが和菓子っていいなというものを
揃えていきたいと思っていますけど、
理想と想いとの現実のギャップがあります。

今は広めたいと思うことよりも
先に自分のこと、商売をどうして盛り上げていくか、
順調にしていくために和菓子の新しいことを
探さなければいけないと思っています。
一木
末富の社長さんはとにかく和菓子が好き!!
ということを全面に出している人ですよね。
松尾
はい、本当に好きなんだなと思います。
一木
誰のために何のために和菓子を作るのかを
考えてしまう時、初心に立ち返ることが
強みになると思います。
松尾
(うなずく)
一木
この出会いを大切にして、プライベートで交流を
もって、まずは商売抜きで良いと思うのですが
日本から世界に若手の発信をしていきましょう!
いずれはそれが商売につながるのかもしれません。
 
松尾
これからもよろしくお願いします。
一木
よろしくお願いします!

一木武志(武蔵屋総本店4代目)

大分県中津市の老舗和菓子店「武蔵屋総本店」の4代目。東京の「釜人鉢の木(かまんどはちのき)」にて6年間修行し、和菓子品評会「東和会」の 最優秀技術賞受賞。現在は地元中津にて若手和菓子職人の育成に力を注いでおり、高校の食物科等でも和菓子づくりの指導を行っている。

松尾和明(和菓子輔「鮹松月」4代目)

福岡市の柳橋連合市場内にある老舗和菓子輔「鮹松月(たこしょうげつ)」の4代目。京都の老舗和菓子店「末富(すえとみ)」にて5年間修行した後、 地元福岡へ戻る。日々、四季折々のかわいい和菓子づくりに情熱をかけている。

百千鳥ページへ